勝手に改葬

来世で立派なメジャーリーガーストライカーになるために。

勉強は快楽だった(小学校編) 〜快をとりもどせ!!〜

 

小学校4年〜6年、ある先生の元で学んだ自分にとって

勉強は快楽だった。

 

マリオやポケモン、サッカーやドッジボールと並ぶ、もしくは凌駕する日々の楽しみの1つだった。

解る事知る事誰かと分かち合うこと全て楽しかった。

 

 

もちろん全てが快楽だった訳ではない。

一人で勉強は大嫌いだったし予習復習などした事もなかった。宿題はギリやる、そんだけ。

そもそも学校は嫌いだった。

訳のわからんルールはいっぱいあるし強制的に何かをさせられるのが気にくわなかったから。

 

でも先生の元で知的好奇心を満たす事は楽しかった。

もっともっと新しい事、難しい事をやりたいと思っていた。

そしてそれは自分1人だけではなかった。

 

 

小学校後半の3年間は同じ人が担任。

身長がそんなに変わらない50代のおばちゃん先生。威張ったりする感じでもなくハキハキした優しい(怒ると天地がひっくり返るほど怖い)先生、子供の扱いが上手かったんだと思われる。

 

授業が面白かった。

どういう風に、と言われたら具体的には思い出せないがとにかく面白い。

もちろん爆笑の渦、という意味ではなく、知的好奇心を刺激する面白さ。

クラス全体で討論とかも楽しかった。

ただ、最も快楽だったのは授業ではない。

 

週に1回あった朝の算数の時間。

朝の会前にある学習の時間で、計算問題のプリントを1枚解く。漢字の日や読書の日もあった。

このプリントを全速力で解いた。

なぜなら難問に挑戦できるからだ。

これ。

特別な公式とかはいらない、算数の知識を使えば解けるんだけど難しい、丁度よく難しい問題。

解いてる最中の脳が高速回転してる感覚に病みつきになった。

 

挑戦者は決まってとある男子4人だった。 

朝の時間中は誰が最速で解けるか競っていた、が、たいてい無理なので協力して解く。 協力することが分かっているので、できるだけ手がかりを後で出し合う為に見つけておく。

この協力というか共闘してあーでもないこーでもないと言い合うのは格別だった。

頭の出来が同じくらいのレベルだったのも良かったのかもしれない。4人は同じサッカーチームに所属していたが、そっちの実力はバラバラだったので完璧にシンクロ、なんて事はほとんどなかった。

でも同じ問いに向かっているときは4人の一体感というか他人と分かりあえてるみたいで気持ちよかった。

もちろんたまにある一人で解けた時はそれはそれで達成感で狂う程に嬉しい。それらは比較し得ない。皆でやるのはまた別のカテゴリーの快び。

 

 

 

 

というように勉強を楽しんでいた。

他の教科も、漢字練習やら書道で誰が1番綺麗な字を書くかとかシンプルに成績が1番良いのは誰かとか競ったが、競争の楽しさ勝った時の喜びは共闘とは違ったもので、そちらを念頭に置いた時は勉強をそこまで楽しめなかった。つまりこれからはジ ゴ ク。

 

 

 

ちなみに未だに解けない問題がある。ぜひ先生が死ぬ前に聞いておきたい。あ、成人式に持ってくというのもありかも。

 

中学以降は書きますかならず